小説読後の記録棚

宇谷が小説を読んで抱いた感想を書いていきます。

『推し、燃ゆ』宇佐見りん

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推しの炎上を受けた一人の少女の話。

第164回芥川賞受賞作

 

感想

読み始めてすぐ、というかページをめくってすぐ、重力ピエロが頭を過った。忘れられない例の冒頭。この作品のこの二文も脳内にこびりついて、たとえ内容の細かいところを忘れても、ふとした時に蘇るんだろうな〜という感覚。掴み最高でした。

 

直木賞芥川賞だと後者は手が出せなかった(というか何度か挑戦したけど挫折してしまった)ので、今作もずっと気になってはいたのですが読むまでに至らなかったのです…。が、ふと読みたくなって読んだら面白かった〜!最後まで数時間でいけました。

 

一気読みできる長さな上に、内容も親しみのあるものだったので尚更読みやすかったのかも。「推し」という存在がいる、少女の話。生活もままならない、家族ともうまくいかない、でも「推し」を推すことだけは濁らずに出来る。そんな痛々しい少女の世界に見えない状態でついていた傷が「推しの炎上」で一気に蜘蛛の巣状にヒビが広がっていく…。色んないや〜なものをぐるぐる混ぜて煮込んでそのまま放置した感じ、素晴らしかったですね。

 

 

今追いかけているものとか、日常に侵食するくらい接している娯楽が無くなったら、自分ならどうなるんだろう。と考えてみたけれど、よく分からんな〜。ま、その時にならな分からんしな。とお気楽に思ったりしつつ。主人公がブログを書いているのを見て感化され、とても久しぶりにブログを書いたのでした。

『短劇』坂木司

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ショートショート集。全26編収録。


感想

ほんと、びっくりした!

坂木さんは高校生の時に司書の先生にオススメしてもらった『青空の卵』で知り、ひきこもり探偵シリーズ3作は読破しました。そしてこのシリーズは今でも大好きな作品の一つです。

なので、坂木司さんは優しい話を書く人、という印象だったので「さて、どんな心温まるストーリーが待っているのかな…」と読んでみたらあれまぁびっくり。

最初は「?」くらいだったのが2,3作目くらいから「???」になって、最終的には「!最高!!!」となってましたね。


正直心あったまるストーリーを求めていました。坂木さんはショートショートでも優しい物語を書くんだろうな、とそう思っていました。

でも、良い!このショートショート、とても良いです!!!この毒味と苦味と酸味をごっちゃ混ぜにして咀嚼した後に舌にじゃりざりっと嫌な物が残る感じ!たまらんです!!


内容はもちろんなのですが、一話一話が短いのも良かった。後味が悪い話とかでも短いので胸が気持ち悪くなるとかもなく、スッキリ読めます。あと、通勤中の電車内で「よし、この一編だけ読もう」と思って読み切れるのは良いですね。勤務中に続きが知りたくて知りたくてムズムズする、というのも無くとてもストレスフリー。とはいえ「次はどんな嫌〜な話なんや?」と次の話が読みたくてうずうずはしましたが(笑)。

ここ数週間の通勤のお供にしていたのでとても楽しかったです。これからはショートショートをお供にするのもありかもな、と思いました。


それと、私は文庫版を読んだのですが、解説もとても分かりやすく、面白かったです。ミステリ評論家の千街晶之さんが解説されていたのですが、読みやすいし分かりやすいしで良かったです。結構解説は読み飛ばしてしまうタチなのですがこの本の解説は面白かった。坂木さんの読んでいないシリーズも読んでみよう、という気になりました。


坂木さんの作品をもっと事前に読んでいたら更に「さ、坂木さん…?ご乱心…?」と思ったのかもしれないな(笑)と思いつつ。

他の作品を読む時にこの短劇を思い浮かべて「くくく」と笑えるのも、それはそれで楽しそうだなと思うのでした。


『名探偵の証明』市川哲也

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30年前に活躍した伝説の名探偵、屋敷啓次郎。現世から隠れるようにして暮らす彼にかつての相棒は現代の名探偵、蜜柑花子との対決を持ちかける…。

第23回鮎川哲也賞受賞作。


感想

鮎川哲也賞受賞作を読むのは、多分これで4作目なのですが、今のところハズレに遭ったことがないです。新しい感じがして、とてもスラスラ読んでました。

鮎川哲也賞とは相性が良いのかな、と思いつつ受賞作を新たに読むたびにドキドキしてるんですが、この作品も面白かった。


探偵物、と聞くとイコールで当然のように思い浮かぶのは彼ら、彼女らが事件に遭遇して解決する、という様子。その謎の不思議さや謎を解き明かす時の鮮やかさ、ハッとさせられるトリック、事件の動機に伺える切ない真相などなど…。それらに魅了されてミステリを貪っている所があるのですが、それもこれも名探偵達が魅力的な時間に出くわしてくれるからこそ成り立つのであって。

名探偵ある所に事件あり。だからこそ、周りからやっかまれるというのは想像にかたくない。なんなら漫画の『名探偵○ナン』や『○田一少年』たちを「死神」なんて呼び方をした覚えがある人も少なくないはず(かくいう私もその一人です笑)

そんな葛藤を描いているのに出会ったことはなかったし、その上メインの名探偵は『かつての』名探偵。今はすっかり老いてしまった還暦過ぎのおじさんというのも面白いなぁと思った。語り口もとても読みやすかった。


正直この作品のトリックは難解な物ではなかった。ハッ!と驚かされることは無かった。でも、キャラクターと展開が面白い。

まずキャラクターについて。かつての名探偵に現代の名探偵。名探偵を支える相棒や協力者の存在。そして愛する妻子。それぞれに魅力があって良い。特に名探偵達と娘さんが好みでした。

次にストーリー。「え?こんなに簡単に終わるの?」と思ったら、そこからの流れがとても良かった。しかも最後の終わり方。「えっ…?どうなるの…?」と言わずにはいられない。本当にどうなってまうんや…。

どうやらシリーズで続いているようなので、次作が楽しみです。語り手は交代するのかな?

『ヴェールドマン仮説』 西尾維新

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西尾維新100冊目の小説。

探偵一家、吹奏野家次男である「ぼく」こと吹奏野真雲が連続殺人事件の謎を追う。


感想

ころころ変わる状況にページを捲る手が進む一作。久々にシリーズでない西尾維新の作品を読んだ。語り口の西尾維新節は変わらず、すらすら〜と読めて楽しかった。キャラクターも良い。

西尾維新を読む時はいつもそうなのだけれど、アニメを文字で読んでいるような、そんな体験をしている気分になる。今回は米山舞さんの装画で吹奏野一家全員のビジュアルを得ていたから尚更かもしれない。最近読んだ美少年探偵シリーズも同じく。

もちろん、小説なのだから文字で書かれている情報から想像するのが醍醐味とも思う。装画なしの小説が実写化やアニメ化された時、想像していたビジュアルとの差に愕然とすることも多々ある。けれど、西尾維新の作品はキャラクターの癖が強かったり、強いが故に掴みどころが無かったりするからビジュアルが欲しくなるのかもしれない。キャラクターを掴むための指標としてその見た目というのは重要なファクターになると思うからだ。


なんて。

あかんあかん。西尾維新を読むと、ついついこんなよく分からない理屈をこねたような、捻くれている風の文を書きたくなるんです…。語尾に「戯言だけどね」とか付けたくなるんです…。厨二病年代に西尾維新に出会ってしまったが運の尽き。戯言シリーズは今も大好きなシリーズの1つです!欠陥製品に人間失格。右目が疼きますね、ひゃっほい!


何を言ってるんや。

好きな物の話になると舌が回りまくるのも悪い癖です。これでもまだまだ語りたいことは多いけれど我慢していると言い訳をしつつ、ヴェールドマン仮説の話に戻りましょう。

今回の主人公は吹奏野家次男である真雲。吹奏野家の家事全般を担う25歳無職。そんな彼はスーパーで知り合いのシングルマザーから死体を発見した、という言葉を聞き現場に向かう…。

端折ってますがこんな感じ。実はこの死体は以前起きた事件と繋がりがあるようで…?と、連続殺人事件を解き明かしていくんですが、本当にどんでん返しだらけで飽きなかったです。犯人を予想しながら読む事を放棄して、純粋に楽しんでいました。幕間を挟んでミスリードするのも流石だなぁ。


自身100冊目の著作!ということで今までのキャラクターオールスター!とか、何かとんでもないことをするのかな?とか頭の隅っこの隅っこで考えてもいましたが、変わらず単発物といった感じでした。

仮説シリーズって言ってたけど続編出てないですよね?真雲くん以外も良いキャラしているからぜひ読んでみたい。というか西尾維新なら米山舞さんの装画目当てに続編出しそう、とかちょっと思ってしまいました(笑)。


最後になるにつれ、「えっ、あとこんだけしかページ無いけど、これ、終わる…?」と別な意味でドキドキしながら読んでいたことを添えて、感想終わり!


『蝉かえる』 櫻田智也

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昆虫好きな青年、魞沢泉(えりさわ・せん)がさまざまな場所で起きた謎を解き明かすシリーズ二作目。連作短編集。

感想
いや、ほんと、おもしろい!!
今作が日本推理作家協会賞を受賞したのをきっかけにまずは前作を…と思い、読んでみたらめちゃくちゃ面白かった。なので今作も期待して読んだのですが…最高!前作も好きでしたが、今作でもっと魞沢くんのことを好きになりました。
謎が解き明かされて「そういうことか!」とハッとさせられる、ミステリの醍醐味を味わえるのはもちろんのこと、この作品群の特に好きなところはキャラクターの良さでした。各話異なる登場人物が出てくるにも関わらず、それぞれの人物に愛着が湧いてしまう。前作はそれでワクワクさせられ、今回もまた各話移入してしまう人物が多々いたのですが…特に魞沢という人物の掘り下げがあって、もう、堪らんでした。
前作での魞沢くんの印象は、昆虫求めてふらふらした先で事件に遭遇して謎を解いてしまう青年。会話の噛み合わなさとか虫のことになると熱いことなど、なんというかコミカルで楽しい、けれど掴み所ないふわっとしたキャラクターのイメージが強かった。けれど今回は彼の内面から出る物を強く感じる部分が散見され、ぐんぐん話に入っていった。
結局何をして生計を立てているんだ?とか、これまでどんな人生を歩んできたんだ?といった彼自身の謎に包まれた部分も魅力的だけれど、こうやって小出しに人物の掘り下げをされると、より引き込まれてしまうんですよね…。チラ見せされるともっと見たくなる。でも見ずに想像してニヤニヤしていたいような…。そうやって人物に想いを馳せ始めたらもう沼はすぐそこ、てやつです。
また二作目ということもあって、前回収録話の内容が出てきたりして美味しいところがたくさんでした。この本の中でも話が繋がっていて、連作短編集の美味しいところ盛り盛りでした。ごちそうさまです。
それでは慣例の各話覚え書きを…。

蝉かえる
表題作。ミステリ読んでいる方の中には読みながら推理する方もおられると思います。私は作品によりけりなのですが、これは読みながら「ああかな?こうかな?」と勘ぐりながら読んでおりまして、見事に騙されました。騙されたというか…。悪い方向に考えてしまう、私の悪い癖…(チャーミングに笑いながら)。何を言っているんだか。好きなんです、『相棒』。

コマチグモ
漢字を使って地形の説明がされているんですが、これがとても分かりやすかった。人に説明する時に使ってみようかな…とか思いながら読んでいた。あの犬の名前って何か由来があるのかしら?

彼方の甲虫
切ない。異なる者との共存について考えさせられた。折り合いをつける、と言うことは容易だけれど、実行するのは難しい。
前作からの繋がりが嬉しい一作。

ホタル計画
これまた切ない。終わり方がずるい。

この話は読みながら想像がついてしまって、すごくやるせない気持ちになった。魞沢くんの言葉に胸を打たれる。

こうやって書き出してみると改めて魞沢、という人物に生命が宿っているのを感じた。後書きで、作者である櫻田智也さんもそのように意識して描かれていたと読み、ニヤニヤしてしまった。「命宿ってます〜、最高です〜」と(笑)。前作で好きになったこの昆虫好きな青年のことをもっと好きになってしまった。
次作もあるのかな。何年も待つのはいろんな作品で既に経験しているので全然待てる。魞沢くんの記録をもう少し覗いてみたい。のんびり次作を楽しみにしていよう。


『亜愛一郎の狼狽』 泡坂妻夫

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亜愛一郎が主人公の短編集1冊目。

泡坂妻夫デビュー作『DL2号機事件』含む短編8作を収録。


感想

櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』がめちゃくちゃおもしろく、魞沢が「ブラウン神父、亜愛一郎に続く…」と紹介されているのを見て、長らく気になっていた亜愛一郎を読んでみた。

結論。早いこと読んでみるべきだった…。

確か西尾維新の書籍(戯言の辞典だったような気がする)で名前だけは知っていたけれど、こんなに魅力的だとは…。

『サーチライトと誘蛾灯』から入ったので魞沢くんが亜の系統であるのも良く分かった。両者ともにこのとぼけた感じがたまらない。亜の場合はイケメンなのに中身は…となっているのもたまらない。ギャップてやつですな。


『亜愛一郎の狼狽』収録短編集はどれも一話完結で探偵だけが共通している連作短編集。登場人物も一話ごとに異なるというのにキャラクターの個性があって面白い。別の話の刑事の名前が出てきた時は「いいねいいねぇ〜。こういうの好きやで〜!」と興奮した(笑)。


以下、各話の簡単な覚書。


第一話 DL2号機事件

動機に驚かされる。読後、「強迫観念とはこのことやな」と思った。


第二話 右腕山上空

中学生と意気投合する亜。そういうとこやぞ。


第三話 曲がった部屋

左右を気にしなさすぎて最後の推理を理解できず読み直してしまった…。最初から把握していたらはっとさせられたに違いないのに…。


第四話 掌上の黄金仮面

亜の一言から始まる回答編に圧倒される。


第五話 G線上の鼬

面白い。無意識に潜む鍵。


第六話 掘出された童話

亜の欲を持った様子が見られて一気に好感度が上がった。そのあとすぐに引き下がったのもまた彼らしくて良い。


第七話 ホロボの神

序盤、全く別の話になったかと焦る。過去と現在の切り替わりがスムーズで読みやすかった。トリックも面白い。


こんなにも魅力的な探偵とは知らなかった。それにトリックの解き方も爽快で登場人物キャラクターも魅力的。最高。

櫻田さんの後書きやこの本の後書きから作者自身の人柄もとても良い印象で、そういうのはあまり気にしないけど、良いなぁとほっとするような気持ちになった。シリーズ別作品も読もうと思う。

『狩人の悪夢』 有栖川有栖

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火村英生シリーズ長編

大ヒットホラー作家、白布施との対談がきっかけで彼の家を訪問することになった有栖川有栖。必ず悪夢を見るという部屋に泊まった翌日、白布施の元アシスタントが住んでいた家で右手首のない死体をアリスは発見する。


感想

手首のない死体、死者の訪問理由、行方の分からない容疑者、と最初から謎が多いのに読んでいくと更に謎が増えていき、アリスと一緒に「どういうこっちゃ」と言いたくなる(笑)。今回は情報整理して推理しながら読んでやろう!と意気込んでいたから時間がかかってしまった(結局推理は全然出来んかった)。

最後の謎解き部分は数行読んでから「え、つまりどういうことや?」となってまた戻って読み直して…なんかを繰り返してしまい…。探偵がロジカルに犯人を射止めていく中「や、やばい…全然頭整理できひん…!」と別の意味でヒヤヒヤしてました(笑)。


帯にやれ「俺が撃つのは人間だけだ」だの、「私にとっては“狩り”です」だの書いてあって火村英生の過去に焦点が当たったりするのか?と構えていたけれど、そこまでの掘り下げは無かった。今回言及されていたのはタイトルにもある通り、火村がいつも見るという『悪夢』について。

悪夢。最近見た悪夢は、起きたら出勤時間で、会社に遅れる旨を電話しないといけない、というものだった。本当に、本当に重い気持ちでいざ電話、というタイミングで目が覚めて、すぐに夢と気づかずめちゃくちゃ焦ったな…。今いるここが夢か現か分からない、ということを表現する言葉があったりするけれど、それって本当に怖いことよなぁ。なんてことをしょうもない悪夢でも思ったり。エピローグでの火村とアリスの会話はとても良かった。


茶目っけのあるおじさま(というのは失礼かしら)が好きなので二人の会話の応酬がとても楽しかった。お前にも出来る、できた、の部分は最高でしたな(絶対分かる人には分かると思う、というか刺さる人多いだろ、あれ)。

地の文と「」で会話するのずるくないです?