小説読後の記録棚

宇谷が小説を読んで抱いた感想を書いていきます。

『蝉かえる』 櫻田智也

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情報

昆虫好きな青年、魞沢泉(えりさわ・せん)がさまざまな場所で起きた謎を解き明かすシリーズ二作目。連作短編集。

感想
いや、ほんと、おもしろい!!
今作が日本推理作家協会賞を受賞したのをきっかけにまずは前作を…と思い、読んでみたらめちゃくちゃ面白かった。なので今作も期待して読んだのですが…最高!前作も好きでしたが、今作でもっと魞沢くんのことを好きになりました。
謎が解き明かされて「そういうことか!」とハッとさせられる、ミステリの醍醐味を味わえるのはもちろんのこと、この作品群の特に好きなところはキャラクターの良さでした。各話異なる登場人物が出てくるにも関わらず、それぞれの人物に愛着が湧いてしまう。前作はそれでワクワクさせられ、今回もまた各話移入してしまう人物が多々いたのですが…特に魞沢という人物の掘り下げがあって、もう、堪らんでした。
前作での魞沢くんの印象は、昆虫求めてふらふらした先で事件に遭遇して謎を解いてしまう青年。会話の噛み合わなさとか虫のことになると熱いことなど、なんというかコミカルで楽しい、けれど掴み所ないふわっとしたキャラクターのイメージが強かった。けれど今回は彼の内面から出る物を強く感じる部分が散見され、ぐんぐん話に入っていった。
結局何をして生計を立てているんだ?とか、これまでどんな人生を歩んできたんだ?といった彼自身の謎に包まれた部分も魅力的だけれど、こうやって小出しに人物の掘り下げをされると、より引き込まれてしまうんですよね…。チラ見せされるともっと見たくなる。でも見ずに想像してニヤニヤしていたいような…。そうやって人物に想いを馳せ始めたらもう沼はすぐそこ、てやつです。
また二作目ということもあって、前回収録話の内容が出てきたりして美味しいところがたくさんでした。この本の中でも話が繋がっていて、連作短編集の美味しいところ盛り盛りでした。ごちそうさまです。
それでは慣例の各話覚え書きを…。

蝉かえる
表題作。ミステリ読んでいる方の中には読みながら推理する方もおられると思います。私は作品によりけりなのですが、これは読みながら「ああかな?こうかな?」と勘ぐりながら読んでおりまして、見事に騙されました。騙されたというか…。悪い方向に考えてしまう、私の悪い癖…(チャーミングに笑いながら)。何を言っているんだか。好きなんです、『相棒』。

コマチグモ
漢字を使って地形の説明がされているんですが、これがとても分かりやすかった。人に説明する時に使ってみようかな…とか思いながら読んでいた。あの犬の名前って何か由来があるのかしら?

彼方の甲虫
切ない。異なる者との共存について考えさせられた。折り合いをつける、と言うことは容易だけれど、実行するのは難しい。
前作からの繋がりが嬉しい一作。

ホタル計画
これまた切ない。終わり方がずるい。

この話は読みながら想像がついてしまって、すごくやるせない気持ちになった。魞沢くんの言葉に胸を打たれる。

こうやって書き出してみると改めて魞沢、という人物に生命が宿っているのを感じた。後書きで、作者である櫻田智也さんもそのように意識して描かれていたと読み、ニヤニヤしてしまった。「命宿ってます〜、最高です〜」と(笑)。前作で好きになったこの昆虫好きな青年のことをもっと好きになってしまった。
次作もあるのかな。何年も待つのはいろんな作品で既に経験しているので全然待てる。魞沢くんの記録をもう少し覗いてみたい。のんびり次作を楽しみにしていよう。